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過去のメロディ・ライン


彼は何度も何度も謝った。
あなたが悪いわけじゃない。あなたは悪くなんか無い。悪いのは全部アタシだ。あなたは、悪くない。その言葉がどうしても出なかった。
電話越しに聞こえる修兵の嗚咽が酷く心に響く。ブラウン管越しに見るテレビドラマみたいで、それでもとても近いリアリティを醸し出していて。浦原自身、言葉を、声を、失いつつあった。
困惑している。だって今、十八番とする口八丁が出てこないでいる現状に、ただただ困惑した。言葉の無力さを改めて噛み締める。浦原は手に強く携帯を握り締めて海の向こうに居る一護を想った。
想うだけで、胸は痛んだ。
檜佐木さん。あなたは悪くなんてない。
辛うじて出せた言葉も不様に声が裏返ったまま、それがまた修兵の涙腺を緩ませる。掠れて低い声が、修兵の心を抉り出した。こんなにも、痛い。両者痛んだ箇所は同じだと言うのに、大きく開いた距離がとてももどかしい。そんな思いのまま、電話を切った。
ツー、ツー、ツー。規則正しい無機質な音が受話器越しに聞こえる。
窓の外はすっかり明るく、今日の天気は最高のピクニック日和だ。燦々と降り注ぐ太陽が暖かくて心地好い。プロスペクト公園は家族連れで賑わっているだろう。
浦原は暫くの間ベッド上に腰掛けて光りの射し込む窓を眺めていた。
彼の声が、無くなった。事実だけが脳内に反響する。
一瞬の内に脳内を占めるのは一護のヴィジョンでは無かった。心はこんなにも一護でいっぱいなのに、いっぱいで苦しいのに。頭の中を占めたのはただの空虚。白のヴィジョン。
混乱している。
全ての力を抜いてベッド上に背中から倒れこんだ。
バフン、と鳴るシーツとスプリングの柔らかな音が室内に響く。外では朝のメロディがあちらこちらで奏でられ、陽気な雰囲気を出していた。相反して室内には吐き出した二酸化炭素と紫煙で酷い具合に煙っている。
両腕を広げたままシーツの冷たさを身体全部で感じ取る。左手の指先にカツンと当たった無機質な質感にそろりと頭を動かし、シルバーのジッポを視界に入れた。
指先を刺した冷ややかさがあの日の冬の温度を蘇らせる。
そうだ、一度。この腕に抱き留めた。
ジッポに向き直る様、身体を横向きにしてジッポを持つ。冷え性な浦原の手よりも断然冷たいソレはすっぽりと綺麗に手の平へと収まる。この腕にすっぽりとおさまった一護みたく。肩幅は華奢だけどそれ以外はちゃんと成人男性の身体そのもので、柔らかくなんてないのに変に抱き心地が良かったのをこの腕は覚えている。
一番柔らかだったのは頬だ。
アルコールと冬の寒さで頬はうっすらと桃色だった。手の甲で触れればほんわかと暖かで柔らかかった。
あの時見せた自身の瞳は、彼の琥珀色にどう映っていただろう。浦原はあの時、怖くて一護の瞳を真摯に受け止める事が出来ないでいた。記憶だけが美しく残る。真っ白だったヴィジョンに、あの日の冬の風景が途端に映し出されて、そして一瞬の内でぼやけた。
曖昧な筈の記憶に蝕まれる。
痛みに堪える様、きつく目を瞑ってゆっくりと開く。視界に映し出されるのは数個の枕とサイドテーブルと卓上のテーブルランプだけ。手中に収めたジッポを悪戯に開く。キィィン、軽やかで細い金属音が耳に心地好かった。
どうして、上手くいかない。
キイン。
どうして、手放してしまった。
後悔が痛みを伴って記憶を蝕んでいく。


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